関西から鹿児島の実家に帰ってきて約5年ほどが経ちました
この間、地区の運動会への出場の打診されることはありませんでしたが
今年、かる~く、出場の打診をされました



リレーで40歳代の方が走るところで60歳代の方が走る!と知ったから
足に痛みがなければ出場してもいいかな?と思ってたんです
だから、試しにスピードを出して50m程走ってみたのですが
やはり捻挫後の足に痛みが出てしまって・・・
走ることに今は無理があると悟りました
それだけでなく、交通事故に遭い、後遺症の残る
股関節にまで痛みを感じるようになってしまいました
断りましたが、なんとなく、申し訳ない気持ちもあります(>_<)



運動会というか体育の日の時期になると
運動会で走っているときに一度だけ転倒したときのことを思い出します



社会人になって、
陸上競技も辞めた数年後
体育の日に開催されていた地元の町民体育祭に出たときのことです
出場を引き受けたときは、走るのが楽しみだったんです
甥っ子に走る姿を見てもらえる最初で最後の運動会でしたし・・・
でも、当日になると走りたくない!というか
走れるのだろうか?という思いでいっぱいになりました



その年、私の大切な友達がある事件に巻き込まれてしまって・・・
その事件のことを知ったのは運動会の数日前、
私は、食事も喉を通らず、仕事中も人前で泣き崩れてしまうほどの状態でした
そんな状態では、走ることに集中できるわけもなく
どうしようか?考えた挙句、
運動会に出場する日の午前中、
ある人に相談にのっていただき、少し心が軽くなった状態で
大会の『とり』である地区対抗リレーに出場しました



しかし、ちょうど、半分を走ったころ
何が起きたのか?分からない出来事が起きたのです
トラックのカーブに当たるところで転倒してしまいました
リレーで転倒したのは生まれて初めてのことで
多分、周囲の誰もが私が転倒することなど思ってもいない出来事だったと思います
そして、赤いジャージを着ていたのでかなり目立っていたようでした
バトンを渡してから恥ずかしさを隠すため私は大きな声で笑いました
一緒に走った違うチームの選手の方達からは
「どうしたの?」と聞かれてしまい
何が起こったのか分からなかった私は笑うことしかできず
また、全てのチームの選手がゴールした後、
本部に行ったときも
「赤いジャージの人が転んでエビ反りになったと思ったら
君だったんだね。」とも言われ、そこでも笑うしかなく
甥っ子にも笑われてしまったことを覚えています
「来年、リベンジするから・・・」と言いましたが
翌年は、運動会がなかったか
私が、引っ越してしまったか?何かで出場は叶いませんでした



運動会で転んで以降
食事もしっかり摂れるようになり
仕事中に泣き崩れて仕事にならない!なんてこともなくなりました



そして、あの転倒からしばらくしてから
事件に巻き込まれた私の大切な友達が
「いつまでも私のことで悲しまないで!」と
転倒して笑うことをプレゼントしてくれたのでは?と・・・思うようになりました
だから、転倒したことは恥ずかしかったし、チームにも迷惑をかけたので
出場しない方が良かったのかもしれませんが
出場して良かったのかもしれない!とも思っています



だから体育の日が近くなり
『運動会』関連の言葉を耳にすると毎回のように思い出します
また、この出来事は、これからも忘れてはいけない出来事だとも思っています